東京高等裁判所 昭和42年(ネ)2771号 判決 1970年10月22日
理由
一、控訴会社が被控訴会社主張のとおり埼北紡毛株式会社(以下埼北紡毛と略称する。)にあてて本件手形(原判決事実摘示第一の一の(一)の(1)ないし(3)の各手形)を振り出したことおよび被控訴会社が本件手形を各満期に支払場所に呈示して支払を求めたがこれを拒絶されたことは、当事者間に争いがない。
控訴会社は本件手形が埼北紡毛から被控訴会社に対して裏書譲渡された事実を否認するが、当裁判所は右事実を認めうると判断するものであり、その理由は、原判決がその理由中に説示したところ(原判決一二枚目―記録三四丁―表六行目の「被告埼北名義」から原判決一四枚目―記録三六丁―表九、一〇行目の「認むべきものである。」まで)と同一であるから、その記載を引用する(但し、原判決一三枚目―記録三五丁―表四行目「生産」とあるあとに「設備」を加える)。
二、よつて進んで控訴会社の抗弁について判断する。
埼北紡毛が昭和三九年一一月頃埼北紡毛振出控訴会社あて金額四六〇万二、四六八円、満期同年一一月三〇日の約束手形の手形金債務を負担していたが、右満期にはその支払が不能となるべき状態にあつたことは、当事者間に争いがなく、《証拠》によれば、埼北紡毛代表取締役今泉智七郎は、昭和三九年一一月上旬頃控訴会社に対し、埼北紡毛が当時控訴会社に対して負担していた債務額合計約八〇〇万円のうち前記手形金債務の決済ができなくなるからとて支払の猶予方を求めたが、控訴会社代表者湯浅安雄らから被控訴会社に相談したらどうかといわれてこれを拒絶されたため、被控訴会社に援助を懇請したところ、これまた拒絶されたので、あらためて控訴会社に援助を申し入れ、ここに同年同月一七日頃、前記湯浅安雄、被控訴会社代表者安藤仁三郎が智七郎をも交えて、控訴会社の援助のための前記手形金の決済方法について協議したことが認められる。《証拠》中、右認定に反する部分は、これを採用しがたく、ほかに右認定に反する証拠はない。
控訴会社は、被控訴会社との協議の結果埼北紡毛に対する前記手形債務決済資金融資のため控訴会社および被控訴会社が互に右手形金と同額の四六〇万二、四六八円の融通手形を交換することを約したのにもかかわらず、控訴会社において錯誤に陥つたため被控訴会社からその一部に相当する手形の振出を受けなかつたと主張するから、考えるに、《証拠》中右主張にそう部分は、これを措信しがたく、ほかに右主張を認めるに足りる証拠はない。かえつて、《証拠》を総合すれば、被控訴会社代表者安藤仁三郎は控訴会社代表者湯浅安雄および埼北紡毛代表者今泉智七郎から前記手形金の決済方法について再々援助を求められたため、控訴会社が埼北紡毛にあてて右手形金と同額の四六〇万二、四六八円の約束手形を振り出せば、被控訴会社はこれを譲り受けたうえこれを見返りとして埼北紡毛に資金を融通すべきことを答え、ここに両者協議のうえ、昭和三九年一一月一七日頃、控訴会社は埼北紡毛にあてて金額合計四六〇万二、四六八円の約束手形を振り出し、埼北紡毛がこれを被控訴会社に裏書譲渡し、これに対して被控訴会社は埼北紡毛が控訴会社に対して別途負担していた債務額六八万六、五三二円を前記手形金額に加えた合計五二八万九、〇〇〇円の二分の一にあたる二六四万五、〇〇〇円の約束手形を埼北紡毛にあてて振り出し、かつ右同額の現金を埼北紡毛に交付するとの約定がなされ、右約定に基づき、控訴会社は同年同月二六日埼北紡毛にあてて、金額一一五万円満期昭和四〇年三月二五日の約束手形二通金額一一五万円満期同年四月一〇日の約束手形一通および金額一一五万二、四六八円満期同年四月一〇日の約束手形一通を振り出し、埼北紡毛がこれを被控訴会社に裏書譲渡するとともに、被控訴会社は埼北紡毛にあてて、金額一二九万円満期昭和四〇年三月二五日の約束手形一通および金額一三五万四、五〇〇円満期同年四月一〇日の約束手形一通を振り出し、かつ、控訴会社振出の前記四通の約束手形のうちの二通を他で割引して得た金員とあわせて現金合計二六四万四、五〇〇円を今泉智七郎に交付し、埼北紡毛は被控訴会社から交付を受けた右二六四万円四、五〇〇円と控訴会社から別途に融資を受けた一九五万七、九六八円とをもつて前記手形金の決済をしたのであつて、控訴会社としては、被控訴会社との間で埼北紡毛を経由してなされた金額を異にする前記約束手形の授受についてなんら錯誤に陥つた事実はなかつたことが認められる。してみれば、控訴人の抗弁は前提を欠くに帰するから、その余の判断をまつまでもなく、排斥を免れないことが明らかである。
三 よつて、控訴人は、本件手形の振出人として、その適法な所持人である被控訴人に対し、本件手形金合計一一二万八、二四四円およびこれに対する右各手形の最終の満期の翌日である昭和四一年一月一日から支払ずみにいたるまで手形法所定の年六分の割合による利息を支払う義務があるものというべきである。
四 次に、控訴人の反訴請求について判断する。
控訴人の主張によれば、控訴会社および被控訴会社は埼北紡毛が控訴会社に対して負担していた昭和三九年一一月三〇日満期の約束手形金債務四六〇万二、四六八円の決済資金融資のため、相互に埼北紡毛を受取人とする右金額の約束手形を交換的に振り出して埼北紡毛からその裏書譲渡を受けることを約したのにもかかわらず、控訴会社の錯誤に基づき、被控訴会社が右金額に一九五万七、九六八円不足する金額の約束手形の振出しか受けなかつたため、結局被控訴会社は控訴会社の損失において右同額の不当利益をしたというのであるが、双方の振り出した約束手形の金額に差のあつたことは両者間の当初の約定に基づくものであつて、控訴会社の錯誤によるものではなかつたことは、前記二の控訴人の抗弁に対する判断に記載したとおりである。してみれば、被控訴会社が控訴会社主張の約束手形を振り出さなかつたことによつてなんら控訴会社の損失において被控訴会社が利得したとなすべき理由はなく、右請求は前提においてすでに失当であるから、その余の判断をまつまでもなく、排斥を免れないことが明らかである。
五 以上の次第であるから、被控訴人の本訴請求は正当としてこれを認容すべきであり、原判決主文第一項掲記の手形判決はこれを認可すべく、控訴人の反訴請求は理由がないから、これを棄却すべきである。
よつて、右と同趣旨に出た原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない